ブルーカーボンとしてのサンゴ礁

環境保全, 生態系

地球規模での二酸化炭素排出削減が急務となっているなかで、近年、二酸化炭素の吸収源として海の役割が重視されるようになりました。サンゴ礁も地球の炭素循環の重要な一角を担っています。

 産業革命以降、化石燃料を燃やすことで二酸化炭素が人為的に大量排出されるようになると、それまで均衡を保っていた地球上の炭素循環はバランスを崩し、大気中に大量の二酸化炭素が残るようになりました。地球大気の温室効果をもたらし、気候変動を引き起こす要因です。

地球上の炭素循環の収支。二酸化炭素の排出・吸収量は年トン。

 

 地表の人間活動から生じる二酸化炭素の排出量は年間約94億トンに上ります。このうち、陸上の植物が光合成で吸収する量が19億トン、海洋に吸収される量が25億トンです。差し引き51億トンが大気中に残留しているといいます[1]。海は地球の表面積の約7割を占め、その体積はおよそ約14億立方キロメートルに及びます。二酸化炭素は水に溶けやすい性質があり、海水の二酸化炭素の量は大気中の約50倍に達します[2]

二酸化炭素吸収源として機能する海洋植生。海草(アマモ)、海藻(コンブ)、干潟(マングローブ)。

 2009年に国連環境計画(UNEP)は、単位体積あたりの吸収量が大きく、陸上よりも大きな二酸化炭素吸収量がある海に着目して、“ブルーカーボン”という概念を提示しました[3]。近年の試算では、ブルーカーボンにより年間の二酸化炭素排出量の0.5%を吸収できるという試算もなされており[4]、気候変動対策としてブルーカーボンの役割が重視されています。2021年には国内で初めてとなるブルーカーボン認証(Jブルークレジット)も試行され[5]、法制度上の取り扱いもはじまりつつあります。

サンゴ礁で育つハードコーラル。近年の調査により、石灰石の骨格形成は光合成とともにおこなわれることがわかっています。

 

 ブルーカーボンで吸収される二酸化炭素のうち、約40%は沿岸域の海藻や海草類などの植物が光合成によって吸収しているとされています。海洋植物同様に、サンゴも光合成によって海水中の二酸化炭素を吸収しますが、同時に骨格の形成(石灰化)で二酸化炭素を発生させます。このため、サンゴ礁が二酸化炭素の吸収源か排出源かは長く議論がされてきました。未だ学術的に決着がついたとは言い切れず、前出のJブルークレジット においても認証対象にサンゴ礁での活動は対象となっていません。しかし、近年のサンゴ礁の実測調査や水槽内での観測にもとづいた研究では、正味で二酸化炭素の吸収量が上回ると示されています[6]。サンゴ礁が二酸化炭素の吸収源であるとするならば、単位面積では海洋で最大、陸上の森林と比較しても同等かそれ以上の二酸化炭素の吸収源として機能している可能性があります。

 この点、海の二酸化炭素の吸収は、海水の酸性化ももたらしています。前出のIPCC報告によると、海面のpHは産業革命前に比べてすでに0.1程度低下していると推定されており、これは水素イオン濃度で約26%の増加に相当します。この海洋酸性化は、海水温の上昇とともにサンゴ礁が減少する大きな要因と見られています。サンゴの骨格形成である石灰化を阻害するからです。

死サンゴの骨格。組成は石灰石(炭酸カルシウム)で結晶構造はアラレ石。

 

 サンゴが骨格として形成した石灰石は二酸化炭素を固定し、サンゴが死んだあとも石灰石として海底に長く残ります。これは地球上の炭素の90%を占めるともいいます[7]。サンゴ礁は何億年もの長きにわたり、膨大な量の二酸化炭素を固定してきたわけで、地球の炭素循環の重要な一角を占めることは間違いないでしょう。このサイクルが崩れるならば、海洋の生態系だけでなく、地球全体に大きな影響をもたらす恐れがあるといえるでしょう。

 

補注・参考文献

  1. 矢部徹「二次的自然「里海」の単寿命生態系におけるブルーカーボン評価に関する研究」国立環境研究所(2017)
  2. 気象庁「海洋の温室効果ガスの知識」
  3. Nellemann, Corcoran, Duarte, Valdes, et al. “BLUE CARBON:The Role of Health Oceans in Binding Carbon”, UNEP, Birkeland Trykkeri AS, Norway (2009)
  4. 環境省「IPCC 海洋・雪氷圏特別報告書の概要」(2020)
  5. 桑江朝比呂「国とJBEの連携によるブルーカーボンを活用した「Jブルークレジット制度」の社会実験の試行」ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(2021)
  6. 大森保、棚原朗、渡久山章、伊佐英信「サンゴ礁における石灰化速度と二酸化炭素濃度のモニタリング」平成3年度~平成4年度科学研究費補助金(一般研究B)研究成果報告書、琉球大学(1993)
  7. 長澤寛道「海洋生物は死んで殻を残す」『Ocean Newsletter』第271号、笹川平和財団海洋政策研究所(2011)

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