海水魚の取引規制は近いのか?

ビジネス, リーフアクアリウム, 環境保全

2019年に開催されたワシントン条約(CITES)締約国会議で、リーフアクアリウム向けの海水魚を対象に規制を検討することが決まりました。将来はサンゴに続き、海水魚の取引も規制対象になるでしょう。

CITESで海水魚の規制にむけた検討がスタート

 2019年にスイス・ジュネーブで開催されたワシントン条約(CITES)第18回締約国会議において、リーフアクアリウム向けの海水魚について、将来的な規制に向けた技術的な検討をおこなうことが決まりました[1]。開催国であるスイスによる提案で、欧州連合と米国が支援するかたちでワークショップが組織され、検討作業が進められることになっています。CITESの動物委員会では、次回の第19回締約国会議(2022年にコスタリカで開催予定)に、検討結果を踏まえたうえで必要な勧告をおこなうものとしました[2]

 スイスと欧州連合、米国の3カ国が共同作成した提案書[3]では、サンゴ礁に棲息する熱帯性海水魚を対象に、これらの魚を採取することが生態系全体に与える影響の大きさが適切に評価されていないことから、リーフアクアリウムにおける海水魚の取引と飼育の実態を含めて調査をおこなうべきとしています。規制を念頭においたもので、業界団体からは公正で科学的知見にもとづいた対応を求める声が上がりました[4]

CITESでの規制対象はあくまでも絶滅危惧種

 これまでCITESが規制対象品目に指定した海洋生物はそれほど多くありません。とりわけ、リーフアクアリウムで消費される水槽飼育が可能な小型の魚としては、乱獲によって減少したタツノオトシゴ(Hippocampus spp.)と固有種のクラリオンエンゼルフィッシュ(Holacanthus clarionensis)だけです。

 もともとCITESは、科学的調査にもとづくエビデンスを重視したうえで、絶滅危惧種の生息地を管轄する国と、その種を商業消費する利害関係国の主権を尊重して、幾度にもわたる締約国会議の場において合意形成をはかったうえで規制の可否を決めています。

2016年にCITESで規制の要否が検討された プテラポゴン・カウデルニィー(Pterapogon kauderni)。

 

 例えば、2016年のCITES第17回締約国会議では、プテラポゴン・カウデルニィー(Pterapogon kauderni)について規制を検討することになりましたが、供給元であるインドネシア政府による捕獲割当と許可制の導入、養殖支援などの政策実施が評価され、附属書への掲載は見送られた経緯があります[5]

観賞用海水魚への規制検討は絶滅危惧ではなくエコロジカルの視点

 このように、これまでCITESでは、海洋生物についてあくまでも個別種の提案にもとづいて規制の可否を検討してきました。もともとCITESでの規制は絶滅危惧種の保護を目的としたうえで、締約国の主権も尊重することが、結果として締約国の利益にも資するという考えからです。

 ところが、今回の観賞用海水魚への規制提案は、リーフアクアリウム向けに取引がされるすべての熱帯性海水魚を対象としており、これまでのスタンスとはあきらかに異なっています。

 背景にはペット目的の水産生物取引の全面規制を主張する過激な環境保護団体のロビー活動があったされますが[6]、CITESでこの提案が可決されたのは、CITESと締約国の海洋生物に対するスタンスの変化を示しているともいえます。サンゴ礁に対する危機はすでに全世界で共有されているのでしょう。

海水魚の規制実施はいつか?

 仮に提案書が示す方向性通りに、多くの海水魚が規制対象品目となれば、リーフアクアリウムのあり方は根本的な変革を余儀なくされるでしょう。提案書で“輸送途中にたくさんの魚を死なせている”と批判されたサプライチェーンのみならず、愛好家にも大きな影響が及ぶことは間違いありません。では、それはいつ来るのでしょうか?

観賞用海水魚

リーフアクアリウムでおなじみの海水魚は数百種に及ぶが、養殖が確立されているのはわずか約30種程度にすぎない。

 

 

 提案書も認めるように、今回の技術検討が対象とする魚種は数百から千に上ると思われ、その作業は膨大なコストと労力を必要とします。しかも、新型コロナウィルスの蔓延によってワークショップの開催も困難な状況が続いたことから、勧告は第20回締約国会議に延期することが決まっています[7]。勧告がなされるのは2023年以降となり、実際に規制対象として具体的な種目が附属書に掲載されるまでには、さらに複数回の締約国会議を経る必要があるでしょう。

 このように、CITESにおける海水魚の規制によってリーフアクアリウムの分野に直接的な影響が及ぶのは当面先のことになると思われます。しかし、このトレンドは不可逆的であり、サンゴと同じように海水魚も、リーフアクアリウムにおける位置づけと価値が大きく変わっていくことでしょう。

補注・参考文献

  1. Eighteenth meeting of the Conference of the Parties “Marine ornamental fishes“, CITES, 18.296(2019)
  2. Eighteenth meeting of the Conference of the Parties “Marine ornamental fishes“, CITES, 18.297(2019)
  3. Eighteenth meeting of the Conference of the Parties “CONSERVATION MANAGEMENT OF AND TRADE IN MARINE ORNAMENTAL FISHES“, CITES, CoP18 Doc. 94(2019)
  4. OATA, OFI, PIJAC “INDUSTRY SEEKS LEADING ROLE AS CITES TARGETS MARINE ORNAMENTAL FISH TRADEL“, 2 Sep 2019, Ornamental Fish International
  5. CITES “BANGGAI CARDINALFISH (PTERAPOGON KAUDERNI)“, AC31 Doc. 31 (Rev. 1)(2021)
  6. CONSERVATION INFLUENCERS Franz Weber Foundation” 13 May 2021, Iwmc World Conservation Trust
  7. Thirty-first meeting of the Animals Committee “ADDENDUM TO MARINE ORNAMENTAL FISHES“, CITES, AC31 Doc. 36(2021)

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