サンゴ礁が「海のゆりかご」と呼ばれるゆえん
近年の研究では、サンゴは様々な生きものに生きる場を提供するとともに、サンゴ自身が食物連鎖の重要な一部を担っていることもあきらかになっています。
サンゴ礁は、カルシウムで骨格を形成するサンゴ(造礁サンゴ)の死骸が折り重なり、その上にサンゴが育つことでつくられた自然の地形です。世界に分布するサンゴ礁の総面積は60万平方キロメートルに及びますが、地球の全表面面積でみると、割合はわずか0.1%に過ぎません。これはサンゴが水温18~30度の暖かいところで、かつ太陽光が届く水深までしか生息しないためです(宝石サンゴと呼ばれる種を除く)。
サンゴ礁は、海に占める割合はわずかですが、確認されている生物種は9万種を超えており、海水魚では4分の1に相当する4000種が生息しているといいます[1]。これは、サンゴとサンゴ礁が食物連鎖の重要な部分を担い、魚たちをはじめとする多様な生きものにとってかけがえのない存在であることを示しています。サンゴ礁がしばしば「海のゆりかご」と称されるのは、このような生物多様性を担う存在であることを表現しています。
サンゴはクラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物に分類されます。ポリプという触手を持ち、刺胞と呼ばれる毒のある針を持っているため、サンゴそのものを餌とする生きものは多くありません。オニヒトデ、巻貝の一部、カイメンの一種[2]、魚ではチョウチョウウオの仲間がサンゴのポリプや粘液を、カンムリブダイなどは骨格を含めて食害しますが、サンゴ礁に棲息するほとんどの生きものは、サンゴの形状や生態に依存して、厳しい生存競争を生き抜いています。
生まれたばかりの稚魚やもともと体が小さい魚は、大きい魚による捕食を避けて生き延びるための隠れ家として、また産卵場所として、複雑な形状のサンゴを利用しています。これら小型で成長の早いサンゴ礁域の魚は、5000~6000年前の地球温暖化のときに進化したと考えられています。
また、サンゴにはカニやエビなどの甲殻類も多く共生していますが、これらの甲殻類を捕食目当てにあつまる魚もいるようです。近年は、多くの生きものがサンゴの分泌する粘液を餌として依存していることもあきらかになっています。サンゴの粘液がバクテリアの増殖を支え、食物連鎖のループの最初に位置しているというのです[3]。
実際に別の研究では、海洋に棲息するプランクトンの多様性は、赤道直下付近がもっとも高いことがあきらかになっています[4]。プランクトンにとって生育に適した場所がサンゴ礁の拡がる海域であることは、 サンゴの存在そのものが食物連鎖の重要な位置を占めていることを示しています。
現在、サンゴ礁は危機的な状況にあります。2020年11月、国連環境計画(UNEP)は、今世紀中に世界の海ですべてのサンゴ礁が消失する恐れがあるという報告書を発表しました[5]。
サンゴを食害するオニヒトデです。サンゴの天敵として世界各地で駆除対象とされていますが、オニヒトデもまたサンゴと同じく、海水温度の上昇で生存が脅かされるという指摘もあります。
サンゴの死滅とサンゴ礁の消失は、海の生きものの生態系にとても大きな負の影響を及ぼすことは間違いないでしょう。
- Spalding, M.D., Ravilious, C., Green, E.P. “World Atlas of Coral Reefs. Prepared by the UNEP-World Conservation Monitoring Centre” , University of California Press, Berkeley, USA (2001)
- 環境省・日本サンゴ礁学会『日本のサンゴ礁』(2004)
- 中嶋亮太・田中泰章「サンゴ礁生態系の物質循環におけるサンゴ粘液の役割―生物地球化学 ・ 生態学の視点から―」『日本サンゴ礁学会誌』16巻、3-27頁(2014)
- “The Tara Oceans mission reveals variations in plankton biodiversity and activity from the equator to the poles”, Foundation tara ocean(2019)
- “Projections of Future Coral Bleaching Conditions using IPCC CMIP6 models: Climate Policy Implications, Management Applications, and Regional Seas Summaries” UNEP (2020)