インドネシア “Coral Ban” 2018

ビジネス, リーフアクアリウム, 環境保全

2018年にインドネシアで起きたサンゴの輸出停止措置は世界中のリーフアクアリウム関係者に大きな衝撃を与えました。インドネシアはこの措置を契機に、輸出するサンゴ生体の天然から養殖への完全シフトを目指しています。

 赤道にちかい熱帯の海に位置し、多くの島々からなるインドネシアは、世界で最も多様性に富むサンゴ礁に囲まれています。インドネシア近海で確認されているハードコーラルは、およそ83属570種で、これは地球上に棲息するハードコーラルの約7割にあたります[1]

インドネシア・スラウェシ島メナド付近のサンゴ礁。

 

 このような海の恵みを活かして、インドネシアはこれまで全世界のリーフアクアリウムで消費されるサンゴ生体の供給源として機能してきました。図1は、2011年~2020年のサンゴ生体の輸出量について、原産国の構成割合を示したものです。10年間でグローバルマーケットに供給されたサンゴ生体のおよそ約6割がインドネシア原産です。

【図1】サンゴ輸出量の原産国別構成割合の推移(2011年~2020年)。CITES TRADE DATABASE 2022より、リーフアクアリウムでサンゴとして飼育される生体のうち、CITESの規制対象となっている花虫綱(Anthozoa)とヒドロ虫綱(Hydrozoa)の国際間取引データから商業取引(T区分)で生体(Live)に該当するデータを抽出した。グラフ作成にあたっては、ライブロックに該当する取引と第三国経由取引を除外したサンゴ生体のみとし、輸入国と輸出国で報告数量が異なる場合は輸入国の報告数に修正したうえで、「kg」での報告については便宜的にkgを個数として集計している。

 

 インドネシアでは、2018年5月から~2019年12月までの2年弱の期間、政府の政策によってサンゴの海外輸出が厳しく制限されました[2]。天然サンゴの違法採取が横行し、取締に限界があることから、養殖サンゴを含めてすべてのサンゴの輸出を停止するというものでした。“Indonesia Coral Ban”とも呼ばれ、リーフアクアリウム業界ではショッキングな出来事として記憶されています。

 2014年に海洋水産大臣にスシ・プジアストゥティ(Susi Pudjiastuti)が指名されました。プジアストゥティ大臣は、就任当初からインドネシアの海洋水産が抱えていた様々な問題の解決に乗り出します。外国密漁船の追放からはじまり、破壊的漁猟と乱獲の禁止、そしてサンゴビジネスの天然依存からの脱却です。2016年には海洋保護区法によって天然サンゴの採集は2020年に禁止することを決めました[3]

 図2は、インドネシアのサンゴ生体の輸出に占める養殖個体と天然個体の推移を示したものです。養殖サンゴは2012年には天然サンゴを追い抜いて輸出量を増やしています。この輸出量の推移をみれば、インドネシアは地の利・海の恵みを活かして、サンゴビジネスを拡大させると同時に、サスティナブルなものへと転換をはかろうとしていたことがうかがえます。

【図2】インドネシア輸出サンゴ天然/養殖推移(2011年~2020年)。CITES TRADE DATABASE 2022より。集計方法は図1と同じ。

 

 2015年以降、養殖サンゴは順調に輸出量を伸ばしました。ところが、そのなかには少なくない数の偽装サンゴが含まれていました。違法に採集された天然サンゴが養殖サンゴとして出荷されていることが数多く判明したのです。偽装サンゴの捜査も限界があり、最終的に2018年の措置に踏み切りました。サンゴの取引に必要な検疫証明書の発行を停止することで、養殖サンゴを含めてすべてのサンゴの輸出を停止したわけです。合法な事業者も含めてすべてのサンゴを一律に輸出停止する措置は、天然サンゴからの脱却を一気にはかろうという、ラディカルな試みだったといえます。このときに多くの養殖サンゴ事業者が破綻に追い込まれたようです[4]

インドネシアのバリ島で養殖されたミドリイシの子株。

 

 2020年1月、多くのリーフアクアリウム関係者にとって待望のサンゴの出荷が再開されました。2020年にインドネシアから輸出されたサンゴ生体は、53種・100万8869株に上ります[5]。とはいえ、規制強化前の2017年と比べるとおおむね半分程度にとどまっています。

 輸出が再開されたサンゴ生体のうち、もっとも取扱量が多いミドリイシは約34万株です。そのほとんどが養殖個体です。また、ミドリイシと似た枝状に成長するトゲサンゴ(Seriatopora)やショウガサンゴ(Stylophora)、ハナヤサイサンゴ(Pocillopora)はほぼ全数が養殖個体、流通量の多いコモンサンゴ(Montipora)もほとんどが養殖個体です。輸出全体に占める養殖個体の割合は64%を占めています。

ヒユサンゴやコハナガタサンゴなどは、インドネシアからの供給がなくなり、オーストラリア原産の生体のみが市場に流通することになり、供給量が大幅に減っています。完全養殖の技術確立が望まれます。

 

 前述のように、インドネシアでは2020年をもって商業目的によるサンゴ生体の天然採取を禁止しています。このため、種によってはすでにグローバル市場から姿を消しつつあるものもあります。ヒユサンゴ(Trachyphyllia)やコハナガタサンゴ(Cynarina)などは全数が天然採取であるため、今後、市場に流通する生体はほぼオーストラリア産に限られるでしょう。これまで取扱量が多かったナガレハナサンゴ(Euphyllia)やハナガササンゴ(Goniopora)などの種は、ミドリイシのように養殖割合が低いため、天然採取の禁止によって流通量は相当に減少するでしょう。

 

補注・参考文献

  1. Tri Aryono Hadi “Status of Indonesia Coral Reef” Lembaga Ilmu Pengetahuan Indonesia(2020)
  2. Lawrence Lilley “Coral exports ban: Threat or opportunity for sustainability?“, THE JAKARTA POST, 26 June 2018
  3. Vincent Chalias “The Indo Connection Trade in live corals resumes, but major challenges loom” CORAL, March/April 2020, pp.96-105, Reef to Rainforest Media(2020)
  4. Ingrid Gercama, Nathalie Bertrams “After the coral ban, I lost everything” BBC News, 27 Feb 2020
  5. CITES TRADE DATABASE 2022より。CITESの規制対象となっている花虫綱(Anthozoa)とヒドロ虫綱(Hydrozoa)のインドネシア輸出分のうち商業取引(T区分)で生体(Live)に該当するデータからライブロックと第三国を原産地とする経由取引を除外した取引を集計した。輸入国と輸出国で報告数量が異なる場合は輸入国の報告数に修正している。

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