現代社会に不可欠のプラスチック製品。海に流出したゴミが大量に蓄積され、微細化したマイクロプラスチックの生態系への影響が懸念されています。
河川から流出したプラスチックゴミが海に蓄積されている
陸上に住む私たちがつかっているプラスチック製品は、軽量で成形が容易な特質があり、輸送のエネルギー効率に優れていることから、現代社会に不可欠の存在となっています。このプラスチックが廃棄の過程で河川を通じて海に流れ込み、大量に蓄積されており、生態系に与える影響が懸念されています。
プラスチックは、製造過程で添加される化学剤の作用によって、長期にわたって安定した素材として存在します。毎年、浜辺には大量のプラスチックゴミが打ち上げられますが、これらは海に流出したプラスチックのうちのわずかで、ほとんどは海中に漂うか、海底へ沈んだまま、長い年月にわたって蓄積され続けます。
毎年800万トンのプラスチックが海洋に流出
1950年代以降に生産されたプラスチックは83億トンを超え、うち63億トンがゴミとして廃棄されています[1]。このうち、河川から海洋に流れ出したり、海洋に直接投棄されたプラスチックは生産量の約3%と推定されており[2]、およそ2億5000万トンが蓄積されていると考えられています。現在も毎年平均で約800万トンが海洋に流出しているとされ、このまま海へのプラスチックゴミの流出が続けば、2050年には海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超えるという試算も出されています。アジアを中心とした新興国の人口増加と経済発展によって、プラスチックの生産量と海洋流出は今後も増加すると予想されています。
マイクロプラスチックとは?
近年、耳にするようになったマイクロプラスチック。大きさがおよそ5mm以下のプラスチックをいいます。海の生き物が経口摂取できる大きさであることから、誤飲による事故や有機汚染物質の蓄積で、生態系に深刻な影響を与えるのではないかと懸念されています。
マイクロプラスチックには、洗顔料や歯磨き粉、塗料などに利用されるマイクロビーズと、ビニール袋やペットボトルなどが海中に漂う過程で紫外線や波浪によって微細化されたものがあります。環境への影響や対策についての検討にあたり、前者を一次マイクロプラスチック、後者を二次マイクロプラスチックと区別しています。
洗顔料や歯磨き粉など、下水に流れた一次マイクロプラスチックは、基本的に回収ができません。水処理施設から河川を通じてそのまま海に流出します。このため、米国や欧州ではヘルスケア用品へのマイクロビーズの使用を制限しています[3]。我が国では国と業界団体が主導で自主規制を呼びかけた結果、市場で流通する化粧品からはマイクロビーズの使用はなくなったとみられています[4]。
これに対して、二次マイクロプラスチックは、微細化前に回収することでマイクロプラスチック化を防ぐことができます。このため、各国で海からのプラスチックゴミの回収が試みられていますが、すでに海中に蓄積されているプラスチックの大部分を回収することは困難なのが実状です。そこで、これ以上、プラスチックを海に蓄積しないために、プラスチック製品そのものを生分解性や自然由来の原料(バイオマス)に切り替えていくことが必要とされています[5]。
プラスチックが環境に与える影響は?
これらの海中に蓄積されたプラスチックゴミは、生態系にどのような影響を与えるのでしょうか?
プラスチックゴミが海洋の生態系に与える影響については、大きくわけて2つの問題にわかれます。1つは海洋生物が餌と間違えて経口摂取することで消化器官が機能不全に陥ったり、漁網やビニール袋などが身体に絡まって身動きができなくなるといった事故の要因になることです。もう1つはプラスチックに含まれる添加剤やプラスチックが吸着させる残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)[6]による有害性です。
環境省では、2020年に海洋プラスチックゴミについて国内外で発表された既存研究をまとめた報告書を作成しています[7]。以下では同報告書をもとに、海洋プラスチックゴミが生態系に与える影響についてみていきましょう。
プラスチックの誤飲による事故
プラスチックの誤飲については、現在では多くの海洋生物種でプラスチックの誤飲が検出されています。海鳥やカメ、ラッコやジュゴン、クジラといった生き物の死骸を調べると、かなりの割合で胃袋からプラスチックが発見されるのです。
海洋生物がプラスチックを誤飲することによる死亡率を推定した研究があります。海鳥では、1 つのプラスチックゴミを摂取すると生涯死亡率が20.4%になり、93個のプラスチックゴミを摂取すると100%に上昇するといいます。ウミガメは、腸内に14 個のプラスチックが入っていると死亡率が50%になるといいます。
これらの捕食生物は、直接的にプラスチックを誤飲するだけでなく、プラスチックを誤飲した魚や甲殻類などを捕食することで、体内にプラスチックを蓄積します。1999年~2004年の駿河湾におけるミズウオを対象にした調査では、44個体のうち32個体がプラスチック片を誤飲しており、1個体あたり平均で5個のプラスチック片を誤飲していました。
流出した漁網などの絡まりによる事故
流出した漁網や釣糸などに身体が絡まる事故は、海鳥で死因の9割を占めるという研究があります。また、ペリカン、アシカ、アザラシ、オットセイ、トドなどにも絡まりの事故が多く起きています。ウミガメも同様で、絡まりが起きた個体には運良く脱したとしても、潰瘍や壊死性筋炎、足ひれの切断といった後遺症を負うことが指摘されています。
サンゴはプラスチックを好む?
サンゴもプラスチックを摂取していることがわかっています。Astrangia poculataを対象にした研究では、砂と比べてプラスチックを積極的に摂取しており、プラスチックの化学物質がサンゴの節食行動に影響を与えている可能性が指摘されています。そして、プラスチックに付着した細菌によって、サンゴがダメージを受けることもわかっています。
プラスチックの毒性による生態系への影響
食物連鎖を介しての物質の濃縮(生物濃縮)をバイオマグニフィケーションと呼びます。肉眼では見えないサイズのプラスチックを動物プランクトンが摂取していることがあきらかになっています。動物プランクトンを捕食する魚、魚を補食する哺乳類(海獣)、さらには魚介類を食する人間。プラスチックの添加剤や吸着するPOPsの生物濃縮は、すでに海を利用する生き物全体に及んでいると考えられています。
バイオマグニフィケーションによるマクロプラスチックの生物濃縮が生き物にどのような影響を与えるかはいまだ確定していません。現在、世界中で毒性の評価に向けた研究や調査がおこなわれています。日本学術会議では健康影響の研究を早急に進めるとともに、使い捨てプラスチックの削減が必要である旨を提言をしています[8]。これは、プラスチックの添加剤には、環境ホルモンとして内分泌かく乱作用や生殖毒性をもつものがあること、ナノサイズのプラスチックが細胞膜を通過して生物組織を傷害する可能性があること、さらにPOPsの作用については知見が全くないことなど、生態系と生体へのリスク要因が大きいからです。
脱使い捨てプラスチックの動き
マイクロプラスチックを減らすために、使い捨てプラスチック製品からの脱却が各国で進められています。前述のようにヘルスケア用品へのマイクロビーズの使用制限のほか、欧州連合(EU)は域内でストローや綿棒、皿や発泡スチロール製の食品容器など9品目を流通禁止にすることを2019年に決めており[9]、順次、域内各国での国内法制化が進められています。
我が国では、プラスチック製レジ袋の有料化が2020年7月からスタートしています。今後は、欧州と同様にストローやスプーン、フォークなどのほか、宿泊施設などで提供される無料の歯ブラシ、クリーニング店のハンガーなどを有料化対象に追加することを検討しており、早ければ2022年4月から有料化がスタートする見込みです[10]。
補注・参考文献
- 環境省『令和元年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書』(2019)
- JR Jambeck, R Geyer, C Wilcox, TR Siegler, M Perryman, A Andrady, R Narayan, KL Law “Plastic waste inputs from land into the ocean” SCIENCE, Vol 347 Issue 6223, pp.768-771(2015)
- 兼廣春之「洗顔料や歯磨きに含まれるマイクロプラスチック問題」環境省・海ごみシンポジウム(2016)
- 環境省「洗い流しのスクラブ製品に含まれるマイクロプラスチックビーズの使用状況の確認結果について」(2020)
- 生分解性プラスチックは現状では土壌中では分解するものの、海中では分解しにくい製品が多数である。バイオマス由来のプラスチックの流通量は約1%に過ぎず、製造コストと回収によるリサイクル・リユースの制度づくりが不可欠とされる(出所:重化学工業通信社『海洋プラごみ問題解決への道~日本型モデルの提案 増補版』(2020))。
- POPsとは、ダイオキシン類やPCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDTといった化学物質で、主に殺虫剤などにつかわれる毒性のあるもの。人の健康や環境に有害な影響を与えるもので、難分解性、生物蓄積性、長距離移動性の条件を満たす12物質が国際条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)で規制対象とされている。 プラスチックは疎水性が高く表面積が大きいためにPOPsを吸着しやすく濃縮すると考えられている(出所:環境省「POPs 残留性有機汚染物質」(2012))
- 環境省「海洋プラスチックごみに関する既往研究と今後の重点課題(生物・生態系影響と実態)」(2020)
- 日本学術会議「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」(2020)
- 欧州連合(EU)EUR-Lex – 32019L0904(特定プラスチック製品の環境負荷低減に関わる指令)(2019)
- 日経新聞「ストローなどプラ製品に有料化・再利用義務 罰則規定も」2021年8月23日。