リーフアクアリウムでハードコーラルを飼育する水槽を中心に、近年にひろく用いられるようになった栄養塩除去の方式です。微生物の性質をうまく活用したものです。その理論の起源は古く、一世紀近く前まで遡ります。
リーフアクアリウムにおける水浄化のプロセスは、微生物が代謝によって有機物を取り込んで除去します。リーフアクアリウムの分野において“バクテリオ・プランクトン・システム”(以下、BPS)と呼ばれる手法は、従来からの硝化と脱窒のサイクルによるアンモニアと硝酸塩の除去にくわえ、ハードコーラル(造礁サンゴ)の骨格形成を阻害するリン酸塩の除去を目的としています。下水処理の知見を応用したもので[1]、水槽内のリン酸塩濃度を低く保つことにより、ハードコーラルをより健康に飼育することが可能になりました。
BPSのいう“バクテリア”とは、リンを栄養とするポリリン酸蓄積細菌(PAOs)または脱窒性ポリリン酸蓄積細菌(DNPAOs)をいいます。ポリリン酸とは複数個のリンが鎖状につながったものです。PAOsは代謝に酸素を利用し、DNPAOsは硝酸塩を利用して、水中のリンを取り込んでポリリン酸の蓄積と合成をおこないます。BPSでは、これらポリリン酸を蓄積した状態のPAOsやDNPAOsを、水槽内で浮遊する“プランクトン”状態になるまで増殖させたあと、プロテインスキマーで物理的に除去することでリンを減らします。以下ではPAOsによるリン除去の仕組みを説明します[2]。
PAOsは、嫌気環境下において、ポリリン酸を加水分解して得たエネルギーとグリコーゲンやクエン酸回路(TCA)による還元力を利用して、有機物(炭素源)の摂取とポリヒドキシアルカノエイト(PHA)を合成します。PHAは好気環境下で自身の増殖や代謝につかうためのエネルギー源となります。この過程において、加水分解したポリリン酸から過剰となったリンが放出されます。好気環境下ではPHAを増殖につかうと同時に、PHAの分解を通じてTCAによってエネルギーを得ます。このエネルギーでリンを取り込んでポリリン酸を合成したり、グリコーゲンを再合成します。この好気と嫌気で交互に代謝を繰り返すことで、好気環境下でのリンの取り込み量が嫌気環境下でのリン排出量を上回ります。増殖したPAOsはリンをポリリン酸として取り込んだ状態でプロテインスキマーにより物理的に捕獲され、水槽外に排出されます。
PAOsは、蓄積されたPHAなどをエネルギー源としてつかうことで、好気環境下において炭素源がなくても増殖することが可能です。このため、他の微生物と比較して優占しやすい特徴があります。BPSでは、このPAOsのリン蓄積と優占性の特徴を利用するわけですが、PAOsは突然急速に勢力を衰えさせることが知られています。これは、グリコーゲンを蓄積するバクテリアであるグリコーゲン蓄積細菌(GAOs)との競合によって起きます。
GAOsはPAOsと似たバクテリアですが、ポリリン酸ではなくグリコーゲンを蓄積します。既存の研究では、pHが低く、水温が摂氏30度以上と高い環境ではGAOsが優勢になることがわかっています[3]。これをリーフアクアリウム環境でみたとき、海水のpH(8.1以上)と水温(摂氏26度以下)はいずれもPAOsに有利な環境ですから、あとはPAOsが代謝に利用しやすい炭素源を補充できればよいことになります。
この点、PAOsとして機能するバクテリアは多種にわたり、利用する炭素源についても様々です。これまでの研究では、酢酸、プロピオン酸、グルコース(ブドウ糖)が有効とされるなど、一定の蓄積はあるものの、いまだ特定はなされていません。そこで、研究の蓄積がある炭素源を中心に、単一ではなく複数を組み合わせることでバクテリアの多様性を維持する手法がとられています。
リーフアクアリウムにおける炭素源の添加は、かつては愛好家によるDIYから始まりました。市販のウォッカ(Vodka)、砂糖(Sugar)、酢(Vinegar)を混ぜることから、それぞれの頭文字をとって“VSVメソッド”とも呼ばれています。微生物が脱窒につかう水素供与体としてオーソドックスなエタノールに、PAOs優占の効果があるとされる酢と糖を混合したものです。多くの愛好家が試みている様子がインターネット上で散見されますが、それぞれの水槽条件が異なるうえに正確な計測も難しいため、知見の集積による普遍化が困難であるのが実情です。
リーフアクアリウム事業者が開発したBPS向けのホビー商品としては、液体で添加するタイプと専用のリアクターに固形のペレットを入れて通水するタイプがあります。前者は主として硝酸塩やリン酸塩の除去剤として販売されています[4]。成分や組成はほとんどがブラックボックスですが、理論上も炭素源の選択は限られているため、製品間で大きな差異はないと思われます。提示された用法に従うことで目的の水環境を整えることができるでしょう。後者の固形ペレットはセルロース由来の生分解プラスチックを炭素源として提供するものです[5]。液状に比べて投与の手間のないことが魅力でしょう。
BPSを運用するにあたっては、注意すべきポイントがあります。1つめは溶存酸素量です。BPSはバクテリアの増殖を促すため、バクテリアの急激な増殖で酸素不足となった場合には、水槽そのものの崩壊を招く恐れがあります。BPSにおいてプロテインスキマーが必要とされるのは、リンの物理的除去のためだけでなく酸素供給が可能だからです。2つめに注意すべきポイントはミネラル分です。ポリリン酸の合成にはマグネシウムとカリウムが必要です。PAOsが増殖するとマグネシウムとカリウムが減少していきます。通常、水槽内では底砂やライブロックなどが溶け出すことで、ある程度のミネラル分の補充は見込めますが、欠乏を避けるためには意図的にコントロールすることが必要です。試薬によって計測し、添加剤や定期的な換水で必要な濃度を保つようにします。
補注・参考文献
- 水処理分野において生物学的リン除去(EBPR:Enhanced Biological Phosphorus Removal)プロセスとよばれる活性汚泥処理法です。主に淡水領域で研究と知見が蓄積されましたが、淡水域での近縁種が海水でも同様にリン蓄積を担っていることがわかっています。
- 福島寿和「生物学的リン除去プロセスにおけるポリリン酸蓄積細菌の新規定量手法の確立とその生理・生態学的研究への応用」(2007)
- M.Lopez-Vazquez, Adrian Oehmen, Christine M.Hooijmans, Damir Brdjanovic, Huub J.Gijze, Zhiguo Yuan, Mark C.M.van Loosdrecht “Modeling the PAO–GAO competition: Effects of carbon source, pH and temperature” Water Research, Vol 43-2, pp.450-462(2009)
- 液体添加タイプの製品例としてレッドシー「NO3:PO4-X アルジーマネージメント」があります。
- 固形タイプの製品例として神畑養魚株式会社「バイオペレット」があります。